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2006年05月02日

スリランカ ①

スリランカ ①  スリランカの地図

1999年~2000年の間、スリランカに住んでいたことがある

1972年までは セイロンと呼ばれていて 世界リボン2位だっけかなぁ~?セイロンティーで紅茶で有名だよね・・・

スリランカ ①
「インドの涙」と言われるスリランカ
インドのちょっこっと下で、モルディブに近い島やし
・・・インド好きな私は、本当はスリランカにはまったく興味はなかったタラ~
縁あって、おうち住み込んだんだけど・・・

住民の74%はシンハラ人、18%はタミル人、7%がムーア人、1%がバーガー人なんだって・・・
私は シンハラ人とタミル人にしか会った事がない

スリランカは シンハラ語で キラキラ ピカピカ 「光り輝く島」ピカピカキラキラ なんだとな・・・

日本旗とは、友好道路があるくらい、仲良しなんだとか・・・
日本語話せる人、街中にはゴロゴロいたなぁ~

公用語はシンハラ語と タミル語ってなっているみたいだけど・・・
私が現地で聞いた話によると、最初はシンハラ人が、シンハラ語だけを公用語にしたからもめたとか、もめないとか・・・
イギリスの植民地時代、インドから連れて来られたタミル人がイギリス人と 島民との通訳などをして栄えてきたんだとか・・・
だから、タミル人を無視しちゃって シンハラ文化のみの称賛された感じだと・・・ガイコツ嫌だろうな・・・タミル人としては

内戦の絶えない炎危険な国だったよな・・・うわーん
だから・・・戦争孤児が沢山いるんだよね・・・
そして そこに集まる色々なエネルギーが集まる・・・決して良いものばかりではない

私の居る間も 自爆爆弾テロが多くて、よく注意外出禁止令が出ていたよタラ~

生と死と 隣合わせで暮らしている感じ・・・よ

最初にスリランカに降り立った時は、インドに後ろ髪引かれながら・・・でも確かに希望とキラキラ 光をそこに見ていた

そこから始まる 長いようで短いようで 中身の濃いスリランカ生活が始まった


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