あれれ・・・
その中に ぜ~んぜん、関係ない人が紛れていて、荷物をくすねようとしたのか・・・手伝ってチップをもらおうとしたのか・・・
ぎゃはは・・・
さすがインド
さぁ 出発だ~
以前に比べ
牛が少ない
あんなにゴロゴロいた 野良牛が見当たらない
・・・ありゃりゃ 牛君たちよ・・・イズコへ?
道路整備が進められ、何やら田舎へお引越しされたそうな・・・
世界遺産
クトゥブ・ミナール
この怪しげな人物 だぁ~れだ?
現地ガイドの バサクさんによる案内を真剣に聞くメンバーに紛れた、何人かわからない奴がひとり・・・
クトゥブ・ミナール 別名
「勝利の塔」
約1000年前に建てられたと言われるこの塔は、アフガニスタンの奴隷軍人出身のクトゥブディーン・アイバクさんという人が、北インドを征服した勝利の記念碑として建立したインド初のイスラム記念碑です。
凄いのは基部の直径14.5m、5層のうち下3層は赤砂岩でアイバク時代に造られ、その上は14世紀に大理石と砂岩で後付けで築かれ、唐草模様などイスラム特有の装飾が施されてコーランの文を図案化した彫刻が外壁には刻まれているんですって・・・
あの時代に100mの高さで作られたんだって・・・でもさぁ飛行機事故で今の72,5mになったらしいよ・・・
アラーイーの塔
クトゥブ・ミナールより高い塔を建設しようとして挫折。蜂の巣のような建物。
・・・どうよコレ
アショーカ王の柱
ヒンドゥー教の名残りのこの柱は4世紀に建てられて以来、1700年たっても錆びないんだってこの鉄塔~
クワットアル・イスラーム・モスク
クトゥブミ・ナールの下にあるのは、
破壊したヒンドゥー寺院やジャイナ寺院から持ってきちゃった柱や彫刻などを使ったツギハギの建物でインド初のモスクなんだって・・・
戦利品なんだろうけど・・・イスラム教のモスクなのに、柱や壁にガネーシャ神が・・・
威厳も何もない感じ・・・
・・・良いのかこれで
お次は
フマユーーン廟
デリー・インド門の東「プラーナー・キラー」(古い城)マトゥラー・ロード南方面フマユーン廟
波瀾万丈の長い流浪の末、ペルシア王の支援を受けて、デリーに凱旋したものの半年後に悲運の死をむかえた(階段から落ちちゃったらしい)皇帝ムガール帝国・フマユーン帝のお墓。
王妃の指示により9年の歳月をかけて1565年に建設され、ペルシア人設計による典型的なイラン・イスラーム建築です。
インドイスラム建築の傑作ともいわれていて・・・
あの誰でも知っている「
タージマハル 」はこのフマユーン廟から、多大な影響を受けているんですって。
建物内部は大理石ということもあり、また日陰になるせいかヒンヤリとしていて
中央には、白大理石の墓が置かれていますが、これってイミテーションらしい。
ちょうどこの真下に遺体が安置されていいるんですって。
格子の柄がとっても綺麗、美しくて素晴らしかった~
大またで登り降りしないといけないくらいのものすごい急激な階段
寝そべる親父
インド門
デッカイよ~
この門は第1次大戦で亡くなった9万人のインド兵の慰霊碑
インド門は高さが42mあり、1921年にイギリスがフランスの凱旋門を真似をして建てられたもの
イギリスの植民地であったインドは、独立を交換条件にイギリスに協力したんだけれど・・・犠牲を払っただけで約束は守られなかったらしい
このインド門の壁面には兵士1万3500人の名前が彫られていて。門の下では火が1921年からずぅ~っと燃え続けている。
インド門はムンバイにもあるんだけど、デリーのインド門はイギリスの王を迎える為にに建てられたものなのだそうだ。
インド門周辺で逞しく生きる子ども
彼らは強く生きている 身体いっぱい使っての生きる術
側転しまくっていたよ・・・
一人がポストカードを買うと、うわぁ~って子どもだけではなく、大人の売り子さんたちが寄ってきて・・・
バクシさんに、「あれも薦めて、これも買ってって言ってよ~」って人だかり。
ちょっとした休息と、夕食、チェックインのため、デリーの
タージ ホテル
キラキラ輝く、ロビー、館内
ウェルカムフルーツのりんごが可愛くって
各々のお部屋に入ったと同時にまずはお疲れ様の 乾杯~
この日は満月! ホテルの窓からは 暗くなる空をまだ白いお月様が顔を出したばかりだった
ディナーバイキング
お腹が空いていたので…
ゴッソリといろいろ、取りすぎたお皿
しっかり、タップリと頂いて そりゃそりゃ 素敵な満月腹
美味しかったぁ~
お腹もいっぱいになったし、ホーリーの前夜祭
クリシュナ神を讃える
お花のお祭り
へ、いざ出発!